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『横浜F・マリノスカップ 第15回電動車椅子サッカー大会』− パワーチェアーフットボール in ヨコハマ − 開催のお知らせ

ホームタウン
2017/11/24

横浜F・マリノスでは、この度「横浜F・マリノスカップ 第15回電動車椅子サッカー大会」を開催することになりましたので、お知らせいたします。
本大会は、多くの方々に電動車椅子サッカーの魅力を伝えると共に、地域社会の障がい者スポーツに対する理解度、関心度の向上、また選手が大会を通じて仲間とふれあい、そして楽しむことで地域社会との繋がりを実感することを目的に開催いたします。

横浜F・マリノスは、電動車椅子サッカーのサポートを始め、2004年にはJリーグ初の知的障がい者サッカーチーム「フトゥーロ」をスタートさせるなど、障がいの有無に拘わらず、誰でも気軽にサッカーを楽しめる環境を目指し活動を続けております。

電動車椅子サッカーへの温かいご声援をよろしくお願いいたします。

『横浜F・マリノスカップ 第15回電動車椅子サッカー大会』開催概要

日時

2017年12月23日(土)・24日(日) 10:00〜17:00

会場

障害者スポーツ文化センター 横浜ラポール「メインアリーナ」

横浜ラポールへのアクセスはこちら

主催

横浜マリノス株式会社

主管

横浜F・マリノスカップ実行委員会

後援

一般社団法人日本障がい者サッカー連盟 / 一般社団法人日本電動車椅子サッカー協会 / 神奈川県電動車椅子サッカー協会 / 横浜市市民局 / 横浜市教育委員会

協力

神奈川県電動車椅子サッカー協会審判委員会 / 障害者スポーツ文化センター横浜ラポール / 株式会社東急グルメフロント / アディダスジャパン株式会社 / 株式会社安藤スポーツ / 株式会社ルイ高 / 横浜市中央図書館

電動車椅子サッカーの競技と魅力

スパイクの代わりに「フットガード」と呼ばれるガードを足元に取付けボールを蹴ります。操作はコントローラーについている「ジョイステック」を身体の一部(指、足、顎など)で操り、直径32.5cmの大きなボールを使いサッカーを行います。
電動車椅子で魅せるプレーは想像を越えます!

電動車椅子サッカーの特徴

2on1(トゥーオンワン)ルール

同一チームの競技者2名と相手競技者がボールの半径3m以内におり、競技者2人目が次のようなプレーに関わっている場合に反則となります。

  1. プレーに干渉する
  2. その位置にいることによって利益を得る
  3. 相手競技者に干渉する
  • ※ゴールエリア内競技者1名がゴールキーパーの場合はこの反則は適用されません。
最大時速6km/hと10km/h の違い

国内大会では最大時速の設定が2つありそれぞれに見所や魅力が異なります。

  • 最大時速6km/h→蹴ったボールに追いつかない:先手を読み合う「緻密な戦術」サッカー
  • 最大時速10km/h→蹴ったボールに追いつく:運動量が多くフットサルに近い「ダイナミック」サッカー

『電動車椅子サッカーの世界』展のお知らせ

横浜F・マリノスカップ 第15回電動車椅子サッカー大会の開催にあたり、横浜市中央図書館で過去の大会写真や電動車椅子の展示を行います。
こちらも是非お越しください。

展示期間

2017年12月4日(月) 〜 2018年1月6日(土)

展示場所

横浜市中央図書館

横浜市中央図書館へのアクセスはこちら

展示の内容

  • ・『横浜F・マリノスカップ 第15回電動車椅子サッカー大会』− パワーチェアーフットボール in ヨコハマ −
  • ・電動車椅子、電動車椅子サッカーボール
  • ・第15回大会ポスター、リーフレット
  • ・第1回〜第14回大会の写真
  • ・電動車椅子サッカー、障害者スポーツ関連の書籍等

前回大会模様

選手コメント

Yokohama Crackers
#6 野田 拓郎

■電動車椅子サッカーに出会う前

生まれつきの神経難病で、車いすで生活してきた自分。手の力も弱く、手押しの車いすを自分で漕ぐこともできなかった。周りの友達や家族に頼んで車いすを押してもらわなければ、どこにも動けなかった。
でも、小さい頃からスポーツ大好き、サッカー大好き。体育の授業はずっと見学だったけど、みんなのプレーを応援したり、テレビ観戦したり、あこがれの木村和司になった自分を空想したりしていつも楽しんでいた。
小学校4年生で初めて電動車いすに乗った。操作レバーを指で動かせば、自由自在に車いすが動く!自分の思い通りに行きたいところに行ける!自分が生まれ変わったような感動だった。電動車いすが自分の「足」になった。

■電動車椅子サッカーに出会ってから

十数年後「電動車椅子サッカー」に出会う。体育館のコートを電動車いすで走り回り、ドリブル、シュート!自分にもできるサッカーがあった。汗を流す爽快感、初めて感じる全身の充実感。スポーツをする側、応援される側に自分がなれるんだ!無我夢中でこのサッカーにのめり込んだ。
やればやるほど難しく、負ければ負けるほど勝ちたくなる。チームメートと各地の大会に出るうちに、仲間の輪がどんどん広がった。同じ競技に燃える全国の選手たち、スタッフ、サポーター、審判。支えてくれるボランティア。いつしか夢は海を越え、ワールドカップで世界の仲間ともつながった。未来への可能性は無限大であることを、このサッカーから教わった。
これからも、ひとりでも多くのサッカーファミリーと、笑顔を共有していきたい。

Yokohama Crackers
#17 永岡 真理

■電動車椅子サッカーに出会う前

生まれてから一度も自分の力で足を前に出して歩いたことがない私。身体を自由に動かす筋力がないのに動くことが大好きだった。とにかく動いていないとダメだった。就学した時、手動の車椅子での学校生活で自分で自由に動けないこと、「みんなと一緒」に行動できないことに苛立っていた。そんな時"電動車椅子"に出会い、私というスタイルが180度変わった。自分で動けることを知った日から、寒い日も暑い日も雨の日も雪の日も嵐の時も、障害を忘れて当然のように電動車椅子を相棒に動き回っていた。

■電動車椅子サッカーに出会ってから

8歳の頃、動くことが大好きな私に母親はたくさんの障害者スポーツをやらせてくれた。とにかくその時が楽しかった。17歳の頃、自分の中で一番心に色付いて残ったのが「電動車椅子サッカー」だった。チームに所属し練習を積み、国内のたくさんの大会に挑戦するようになった。初めて出会う人やたくさんの挑戦者がいてとても刺激を受けた。初めて開催される世界大会の存在を知り、人生で初めて本気で挑む目標ができた。その目標に挑む私を応援しようとしてくれる数え切れないほどのサポーターができた。これからもまだまだ私はサポーターの想いを胸に挑戦していく。

Yokohama Crackers
#11 中山 環

■電動車椅子サッカーに出会う前

電動車椅子サッカーをやる前は、家にいる時間がとても長かったと思います。ずっと家で一日中、ゲームをしていました。外に出かけるときも自分で車椅子を押せないので、親に車椅子を押してもらって、移動していました。回りの人の目が嫌だったし、自分で動ければなと思っていました。やっぱり自分で動けないと、自分の意思で動くことができないのでイライラしてしまいます。でも、自分で動くことができれば、自分の意思で行きたいところに動くことが出来ます。もちろん、それでも難しいことはたくさんありますが、自分で動けないという事はそれほど制限されてしまうのです。

■電動車椅子サッカーに出会ってから

電動車椅子サッカーをやってから、全てが変わりました。別にサッカーがやりたかった訳ではないのですが、大会を見に行く機会があり、所属チームのスタッフの方に声をかけられ、練習で体験しました。その時に車椅子でスポーツができるという喜びを感じ、始めることにしました。最初の一年から色々なことがありました。たとえば、チームが優勝した。とか、小学校で人権教室。など、生活の幅が劇的に広がりました。遠征で、他県に行くこともとても多くなりました。辛いことがあっても電動車椅子サッカーがあるので、前向きに捉えることができるようになりました。

YOKOHAMA BayDream
#6 中山 佳孝

■電動車椅子サッカーに出会う前

筋ジストロフィーという筋肉の疾患で、徐々に全身の筋肉が破壊されていく障がいを持って生まれてきた。
周りの人とは違う身体で生まれた自分に劣等感を持っていて、自分に自信を持つことができなかった。何に対しても消極的だったし、人と話すことも苦手だった。特別やりたいことがあったわけでもなく、ただ何事もなく無難に時が過ぎればいいと思う抜け殻のような日々だった。
小学生の頃から歩くことができなくなり、手動の車椅子に乗るようになった。そこから「この身体ではスポーツはできない」と諦めるようになり、スポーツ自体に全く興味が湧かなくなった。

■電動車椅子サッカーに出会ってから

中学生の頃から電動車椅子に乗るようになり、電動車椅子サッカーと出会った。電動車椅子に乗っていてもサッカーができる、その衝撃と喜びを知った瞬間を今でも鮮明に覚えている。
仲間とボールを蹴り、ライバルと切磋琢磨をするうちに、自分に自信が持てるようになった。全てのことに積極的になったし、人と話すことが好きになった。
今後の夢は、これまでの経験を若い世代に伝えながら、自分を変え成長させてくれたこの競技の魅力をもっと多くの人に広めること。
また、この競技を愛する一員として、電動車椅子サッカーがパラリンピックの正式種目になれるよう、普及活動をしていきたい。

YOKOHAMA BayDream
#10 高林 貴将

■電動車椅子サッカーに出会う前

筋ジストロフィーの28歳。小学生の頃、プロの試合を見に行ったことがきっかけで野球が好きになった。プロ野球選手になれたらなと思い始めた矢先、何もないところで転び、時折力が抜けるような感覚が出てきた。
友達は少年野球で活躍している。「なんだよ、コレ。ふざけんなよ!」と苛立ったが、現実は厳しく、野球選手になりたい夢は諦めざるを得なかった。体育で同級生が走っているのを見るのが辛くて、自分の境遇を恨んだりもした。歩けなくなったら人生終わりだと思っていた。
しばらくは「車椅子なんて格好悪いもの乗れるかよ!」と意地になっていたが、大学入学と同時に必要に迫られ電動車椅子に乗り始めた。

■電動車椅子サッカーに出会ってから

この競技の練習を始めて見学した時は正直、どうしてもやりたいとは思わなかった。しかし、体験してみたら意外と面白く、自分にもできるスポーツがあるのだと感動した。
自分の電動車椅子を手に入れ、メンバーの多いチームでプレーするようになった今、試合に出るのが非常に楽しみになった。何より試合になれば、年齢や性別、障害、キャリアなど関係なく、己の技術とチームの戦術で勝負できる。
これからは自他共に認める上手い選手になることはもちろん、この競技の魅力を伝え、そして後継者を育てる活動もしていきたい。

YOKOHAMA BayDream
#11 安田隆午

■電動車椅子サッカーに出会う前

生まれつきの筋疾患で徐々に筋力が低下する難病です。小学校3年生までは自力で歩いたりしていましたが4年生からは転ぶ事が多くなり車椅子生活になりました。
今まで出来ていた事が、段々と少なくなり悲しく、何に対しても悲観的になっていきました。

■電動車椅子サッカーに出会ってから

中学2年生の時に学校の先生に勧められ、電動車椅子サッカーと出会いました。最初は夢中になれませんでしたが、やっていくうちにどんどん楽しくなり、気が付けば大好きになっていました。自分では動かせない体が、電動車椅子に乗ればコートの中を自由に動き回れる事が嬉しくてたまりませんでした。この競技に出会い、人とも積極的に話せるようになり、性格も明るくなりました。
これからは今まで支えてくれた人達への感謝の気持ちを忘れず、恩返しのためにも今まで以上に練習に力を入れ精度を高め 世界に羽ばたきたいです。今の僕と同じ19歳で旅立った兄のためにも日本代表になって頑張りたいと思います。

お問い合わせ先

◆横浜マリノス株式会社 ホームタウン・ふれあい事業部

TEL:045-285-0674(9:00~18:00/不定休)

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